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【西日本唯一の手筒花火】なぜ佐賀で?72歳創始者に迫る

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もくじ

佐賀を彩る100人 No.3 宮原知司

火の粉は、容赦なく身体に降り注ぐ。
熱い。
怖い。
それでも、男たちは絶対に手を離さない。
危険を顧みず
なぜ、この町で なぜ、手筒花火を?
創始者である72歳の男が、未来に残したいものとは。    

普段は「社長」

佐賀市大和町のホテル「龍登園」の社長 宮原知司さん(72)

経営者である宮原さんには、もう一つの顔がある。
西日本で唯一の手筒花火を揚げる「肥前大和手筒組」の創始者だ。

宮原知司さん
「負けたくないっていうのかもしれない。
負けたくないというのもあるし
私はもともと大和の育ちじゃないんだけれども
やっぱり大和の人たちと知り合っていく中で、もっとこう…
”誇り高き大和”を一つぐらい生み出したいという気持ちもありました。」

手筒花火とは

手筒花火とは愛知県東三河地方を中心に伝わる伝統の花火で
その歴史は450年以上。

「揚げ手」が花火の筒を抱え、火花は勢いよく天へと噴き上がる。
花火の美しさはもちろん、じっと熱さに耐える揚げ手の姿に魅了される者も多い。

手筒花火に「一目惚れ」

宮原さん
「それは非常に壮観で、一目惚れしたんです」

岐阜県で目にした手筒花火に一目惚れ。
翌日、宮原さんは動き始めた。

宮原さん
「飛騨高山の観光協会や市の観光課など、いろんな方々に話を聞いてまわったんですよ。
財源はどうしているのか、手筒花火というのはどうやって作られているのか
どうやってメンバーができているのかとかいろんなことを調べて、佐賀に持ち帰ってきた」

10年前、宮原さんには危機感があった。

手筒花火をはじめた理由

もう一度「一流」へ

宮原さん
「川上峡の花火大会は、何十年も続く花火大会で
佐賀の夏の風物詩として多くの人々に楽しまれてたんですけれども
消防の規制でだんだん保安距離が小さくなって大きな花火を打ち上げられなくなってきた」

安全確保の難しさや開催コストの高騰など
花火大会を取り巻く環境は年々厳しくなり、開催を取りやめる地域も増えている。

宮原さん
「一方では、海沿いのところではでかい花火をドーンと揚げて
やっぱりそっちの方が非常に有名になっていくわけですね。
このままでは川上峡の花火大会は、いずれ衰退してしまう。
二流、三流の花火大会になっていく。
どこでもやってない手筒花火をやれば、一流にもう1回なれるんだ。そういう思いですね」

メンバー集め「全員に断られた」

そこからメンバー集めが始まった。

宮原さん
「ビデオを見せて、すごいでしょうと言って
『ああ、すごいですね』って言われて
じゃあやろうよと言うと、『いや、危なそうだからやりません』と言われる。十数人全員に断られました。」

「17、8名ぐらいなんとか集まって第1回の会議をしたんですよ。
プロジェクターででかくした映像を見せたんですね。そしたら、『いや、やめましょう』という声が出て
なんのための集まりなんだと。
やるために集まっているのに『やめましょう』という声が出てきた」

「だけど、もうこれは、『やるんだ』
みんなが気になっていることを一つ一つ潰していこう。
潰していって、する方向に突っ走ろうとと言ってそこから本格的に動いていきました。」

一人一人と向き合い、少しずつ集まったメンバーたち。
そして2018年、肥前大和手筒組が結成された。

いざ、本番へ

本番1カ月前

龍登園の宴会場に集まったのは、肥前大和手筒組の男衆22人。
週に一度集まって、協賛企業の状況や本番までの作業を確認していた。

男衆の一人、谷田洸次さん(31)もうすぐ家族が増える。

谷田洸次さん
「もともと自分の父親の方がしてたんですけど
忙しいっていうので、自分はその時大学生だったんですけど
『この会に入ってみろ』ということで手筒に触れたんですね。
自分でも最初は打ちたいというところから始まって
そこから肥前大和手筒組に関して誇りを持っています。」

「8月12日に4人目の子どもが生まれる予定なので、その息子に対しても奥さんに対しても記念になるように手筒を打ちたいと思います」

本番2週間前

男衆は観客のための「桟敷席」を作るべく朝早くから草刈りに勤しんでいた。
この日は、気温35℃を超える猛暑日。
72歳の宮原さんは率先して草を刈っていた。

花火を揚げるのはほんの数分。
けれど、そのために男たちは何度も汗を流す。

溝上聡さん(49)
「やっぱりこの場所に来ると、この場所から皆さんが花火を見るんだと思ったら気持ちも昂ってきますし皆さんが感動できるように頑張りたいと思います。」

本番前日「舞台」を作る男

川上峡の河原に運び込まれたのは、合わせて50個の大きなドラム缶。
男衆は手筒花火の舞台となる浮き桟橋を作っていた。

ここで指揮を執るのは古賀伸忠さん(53)
一級建築士のスキルを活かして図面を描き、浮き桟橋を組み立てる。

古賀伸忠さん
「自分がしないと他にお願いできないとこもあるので責任持ってやらないとと思っています。」

古賀さんの指揮のもと、全員で協力して、巨大な浮き桟橋を作っていった。

普段は「ライバル」

記者:汗がすごいですね。

浦川容伸 頭取(57)
「今日はまだ涼しい方ですよ。だいたい毎年真夏にやってたので、涼しいです。」

記者:でも、汗がずっと滴ってますよ。

浦川容伸 頭取
「そりゃ他人よりでかいもん(笑)」

手筒組の男衆は、大和町の居住者もしくは町内で働いている人だけで構成されている。

森政紹さん(48)
「前職が足場屋なんです。
今は頭取と同じ、屋根工事をやっていてライバル会社です(笑)
手筒以外にもいろいろお世話になってます」

浦川容伸 頭取
「半分強制よ(笑)」

赤ちゃんが生まれた!

この日、嬉しい報告も。

谷田洸次さん
「8月12日に生まれました。生まれたばかりです。明日で1カ月。
今回が男の子なので、手筒は100年続けていくのでもし継ぐとなったら、その子かなと思います。
長男もいるので、できれば息子たちが引き継いでくれたら嬉しいなと思います。」

「誇りに思ってもらえるようなパパでありたいと思います!」

本番当日 男たちの”青春”

本番当日 朝8時。
会場に行くと、男衆の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
前日に組み立てた浮き桟橋を会場に運び、固定していく。

本番まで残り12時間、男たちの表情は明るい。

溝上聡さん
「アオダイショウがいました。撮れましたか?」

浮桟橋へのこだわり

「この畳を、昨日作った台船の上に並べるんですよ。
滑り防止と、火の粉が落ちてもいいように。」

浮き桟橋の上で手筒花火を揚げるのは、大和町のこだわり。
川面の美しさまで楽しめるように、男たちは真剣に作業を進める。

でもやっぱり、気持ちが高まっているようだ。

野間口雄三さん(43)
「見に来てねー!(笑)」

関屋町の「師匠」が到着

手筒花火発祥の地・愛知県豊橋市関屋町から応援に駆けつけた「師匠」も。

浦川頭取
「豊橋の長老。ベテランさんです。」

関屋町 鈴木康之さん
「皆さんと意気投合して、応援に来ているような形ですね。豊橋の祭りの時も佐賀の人が来て一緒に楽しんでもらったりしてます。

やっぱり色々あって当初は大変でしたけどね。
花火自体、危険なものなので、どうやってお互いに安全を確保しながら楽しんでいくかというところがね、言っちゃいけないけど、命懸けなので。」

町のプライドー関屋町との絆

本番7時間前
師匠である関屋町のベテランたちを前に若い者から順に花火の筒を担ぎ、最後の練習。

今では親密な二つの町だが、450年以上の歴史を持つ手筒花火の技術の継承には抵抗もあった。

宮原さん
「非常に友好的な方も一部いらっしゃいましたけど、手筒花火というのは隣町にも絶対教えないとか
火薬の調合の仕方や作り方は隣町にも教えない。
九州から来たようなこいつらに教えたところでいつまで続けるかも知らないし
単なる軽い気持ちで来てるんじゃないだろうかというような白い目で見られたり。当初は割といろいろありましたね。」

「毎年1年に3、4回行ってますからね。少しずつ垣根が消えていきました。」

若手メンバーを中心に何度も関屋町に足を運び、時間をかけて信頼を得ていった。

関屋町 中山栄一さん
「手筒花火は45年はしてますね。奉納する行事なので。
火がついちゃえば火で気持ちが落ち着くからあとは真っ直ぐに揚げられるかどうか」

本番2時間前 神社に祈る

本番2時間前、男衆は神社に集まっていた。

川上峡花火大会での手筒花火は、與止日女神社への奉納神事として行われている。

大和を背負った法被に身を包み
どうか全員無事に。
どうかこの花火を何事もなく奉納できますように。
安全と成功を祈願した。

古賀伸忠さん
「すごく緊張しています。お昼に練習していて、ここで火の粉が上がるのかと思うと
何回もやってるんですけど、改めて緊張しているなと思います。
手筒花火を通じて、若い人が集まってやってくれるのはすごくいいなと思いながら
ぜひこの伝統を守っていけるように、精一杯頑張りたいと、先ほど神事を受けながら感じていました。」

間もなく本番

神社での祈願を終え、男衆は花火の準備に取りかかる。
手筒花火は全部で50本。「ヨウカン」と呼ばれる小さな花火を合わせると100本になる。
関屋町に行き、自分たちの手で火薬を詰めて作った花火だ。

谷田洸次さん
「これ(法被)を着ると、もう直前だなということで気が引き締まります。
妻もそうですけど、やっぱ子供たちにパパってすごいなって思われるようなパパでありたいです。
安全に打ち上げたいと思います!」

江頭慶保さん(44)
「今年は一年見習いなんですけど、なんとか来年揚げられるように精進して頑張りたいと思います。
伝統文化というか、そういうことが自分はたまらなく好きなので、一生懸命頑張ってやっていくだけですね。」

宮原さん
「みんな、いい意味で本当に緊張しています。毎回毎回初心で
練習なんかできないわけですから、常に一発一発が本番です。」

本番スタート!

浦川頭取
「じゃあ、皆さん気合い入れていきましょう!」
全員
「よーし!!」

祭りのあとに

観客の「ありがとう」

花火の火が消えて、祭りは終わり。
夜の静けさの中に、観客の「ありがとう」の声がこだました。

家族のもとへ

谷田さんの娘
「パパだ!戻ってきた!」
「かっこよかった!かっこいい!」

谷田洸次さん
「嬉しいですね。今回も怪我なしで安全に打ち上げられたので良かったと思います」

100年先へ

記者:お疲れ様でした。今回の花火はどうでしたか?

宮原さん
「今回も終わってみたら本当に爽快で、ここに至るまでの苦労は全部吹き飛びました。
この地域で、與止日女神社に奉納し、手筒花火を支えてくれる多くの方々、協賛していただいている皆さんに
本当に感謝しつつ、そしてそういう気持ちをみんなが持って、少しずつ少しずつ仲間を増やしていって、
これを続けていければ
しっかり100年、続けていけると思います。」

一人の男の思いに仲間が集まった。
遠く離れた街との絆が生まれた。
それぞれの仕事を持つ者たちが、自分の手で舞台を作った。
愛する家族に背中を見せた。

そして、この街で新たな伝統が始まった。

想いは消えない。来年、再来年、そして100年先へ。
男たちの魂は、熱く燃え続けるだろう。

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