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明治から続く白玉饅頭「元祖吉野屋」7代目への継承

もくじ

佐賀を創る100社 No.1 元祖吉野屋(がんそよしのや)

明治時代から140年以上 続く「白玉饅頭」の老舗「元祖 吉野屋」
6代目から7代目へ。受け継がれてきた技と想いを託します。

仕込みは朝5時30分から

午前5時半
夜の名残を残す月明かりの下
佐賀市大和町の国道沿いに佇む「元祖 吉野屋」が動き出します。

白玉饅頭の仕込みの裏側

6代目を務める吉村正則さんの
3人の子どもの中で家業を受け継ぐ道を選んだ
凌太朗さん(23)です。

早速、仕込みを開始。
佐賀市内の契約農家が栽培したうるち米を粉にします。

手作業で細かくふるいにかけます。

熱湯を注いで、生地を作ります。

凌太朗さん
「あっつい!今の」
正則さん
「素人やね(笑)」

Q.お父さんは熱くないんですか?
正則さん
「熱いよ〜!熱湯やけん」

お湯の量は目分量。
父 正則さんから教わった”感覚”を頼りに、生地の硬さを調整します。

蒸し器に入れて、数十分。
生地がふんわりと蒸しあがりました。

水を加えながらついていきます。

正則さん
「汗はかくけど、痩せないね(笑)」

7代目を担うその日に向けて、修行の日々を送る凌太朗さん。
生地を仕上げる大切な作業も任されています。


正則さん
「これが結構重要で、饅頭の食感を決める最初の工程なんですよ」

味の決め手となる餡子は、北海道産の小豆を使って
丁寧に練り上げています。

歴24年のベテラン・牟田さんも加わり、2人で成型していきます。

蒸し上がりました。白玉饅頭の完成です。 

元祖吉野屋の歴史

店の名物「白玉饅頭」が生まれたのは明治15年。
避暑地として賑わっていた川上峡で
訪れた人をもてなそうと作られました。
それから140年あまり。
変わらない場所で、変わらない味を受け継ぎ
多くの人々に愛され続けています。

創業当時から添加物や保存料を一切使わない
こだわりを守り続け

賞味期限はたった1日。
もっちりとした生地に上品な甘さのこし餡が詰まった白玉饅頭は
世代を問わず愛されています。

従業員は「家族」

手際よく梱包作業をするのは
ベテラン従業員の1人 高山友記子さん。

店で、凌太朗さんの成長も見守ってきました。

高山さん

「年少さんの頃、かわいかったよ〜
ちょうど店から幼稚園バスに乗るから、朝ここに来て
ちょろちょろしてかわいかった」

「今は大きくなったよ〜
どんどんムキムキになってきたね(笑)」

牟田さんは、凌太朗さんが産まれる前から知っています。

牟田さん
「生後3カ月のころの凌太朗さんは可愛かったですよ。
半目で寝てました(笑)」

凌太朗さん
「小さい頃のことは自分には分からんもんね(笑)」

土産物に、カフェに、大人気!

午前8時の開店から
店には続々と客が訪れます。

福岡県から
「久留米から来た。お客さんのとこにお土産!」

佐賀市内から
「孫が好きだから買いに来た」「一緒に食べるのが楽しみ」

カフェでパフェやぜんざいなどをゆっくりと味わう客も。

東京から帰省
「甘さの主張が強くなくて、生地はモチモチだけど硬さもあっておいしい」

「自然いっぱいの感じで、普段東京に住んでるから
やっぱり佐賀生まれだなって、安心します」

7代目の想い

「絶対に継ぎたくなかった」学生時代

熱心に店と向き合う凌太朗さんですが、
以前は、店を継ぐという気持ちは全く無かったといいます。

凌太朗さん
「まんじゅう屋の息子っていうのが定着していて
色々なところで、人に会ったらとりあえず”もう継ぐのか?”みたいなことを毎回言われていたので」


「自分の人生が周りの環境によって決められてるっていう感覚があって、嫌でしたね。
その時は」

「大学4年生の時に、卒業する前にこっちに戻ってきて
色々手伝っていたら結構楽しくて。

その後に”夜カフェ”を始めたんです、一人で。
そしたら一人で初めてやるビジネスが楽しくて、継ぎたいと思ったきっかけでした」

徐々に常連客も増え、店と人とのつながりを実感。
「継ぎたい」という想いは確信へと変わっていきました。

凌太朗さん
「お客様と直接話したりできるのと
自分が作ったものを食べていただいて美味しいと思ってもらうことがうれしいです」

きっかけは「挫折」

幼少期から野球に打ち込んできた凌太朗さん。
大学生の頃まで、夢はプロ野球選手でした。

凌太朗さん
「大学3年まで結構自分なりに頑張ってやったんですけど
やっぱり実力の差というか、そういうのを感じて
だんだん野球は向いてないと思い始めました」

凌太朗さん
「ずっと野球に集中していたので
それが終わった後、店にその情熱を向けていこうといった感じです」

SNSでの発信をスタート

1人で始めた「夜カフェ」。
認知度不足から、客が全く来ない日もありました。

そこで始めたのが、SNSでの発信です。

凌太朗さん
「作業しているところとか
Instagramのリールに出す動画を撮っているので、スマホを消毒しています」

毎日の作業風景や従業員の人となりが伝わる動画を発信し続け
新しい客の獲得に繋げました。

凌太朗さん
「たくさん動画を作って、上げ始めたって感じでした。
そのうち、だんだんお客さんも来るようになって、乗り越えました。」

6代目 吉村正則さん

凌太朗さんの父 正則さんは高知県出身。
吉村家に婿入りして、元祖吉野屋の6代目を務めています。

正則さん
「結婚式が終わった次の日から店に入ったんですけど
そこからもうスタートなので

当時の従業員さんとか父とかおばあちゃんとかに聞きながら
仕事を覚え始めたって感じですね。」

「本当に最初は失敗ばかりで、特に常連のお客さんから結構怒られましたね。
『ちょっと違う』『父の作ってるのと違う』というのは結構最初は言われましたけど
めげずに毎日毎日コツコツと、なんとか続けてきましたね」

伝統を受け継ぐ苦労を身をもって知りました。

正則さん
「受け継ぐっていうのはやっぱり結構難しいですね」

「140年以上続いている店なので
自分としては”200年”っていうのを目標にしてるんで
それを途中で息子が継いでくれるというのは
私の目標に近づけるのかなということで、ほっとしたところがありましたね」

「全く私とは違う感性なんで、それも歴史を刻むにはいいことかなとは思いますけどね。
新しいことはどんどんやってもらいたいなと思ってます。」

母(5代目の娘)吉村陽子さん

吉村陽子さん
「『継ぎなさいよ』とか、そういったことを
ちっちゃい頃から言ってたわけではないですね。
でも本人がいろいろ見ていくうちに「継ぎたい」って言ってくれたので、それはそれで主人も私も喜んでいます」

「主人の吉野屋に対する思いとして、
200年続く白玉饅頭屋っていうのがあるんですね」

「歴史をつないできて今があるんだなっていう思いがあって
ある方は『やっぱりここに寄るとうちに寄らないといけない』
『子供の頃から楽しみにお饅頭買ってたんだよ』とかいう話も
数えきれないくらいお客様が言ってくださるので
そういう思いも込めて

『人生の中の一つの佐賀のお菓子』
『お饅頭を食べたら幸せな気持ちになった』
『家族を思い出した』

そういうところの1コマのお菓子になればなっていう想いをつなげていきたいです。」 

7代目の”夢”

知見を広げるべく海外へ

凌太朗さんには、店を大きくするという夢があります。

凌太朗さん
「海外のカフェ文化が気になっていて
一度現地に行って、学んで、饅頭屋に持ってかえってきて
色々試しながら挑戦していきたいなっていうのがあります」

夢の実現への第一歩として、
1年間、オーストラリアへ渡り、現地のカフェ文化を学ぶことにしました。

「今まで144年、築き上げてきたものがある中で
そこにだんだん変化を入れていかないと、世間から注目を浴びないと思うので
新しいアイデアを追加していく意味でも
海外に挑戦して、色々な視点を持っていきたいなと思っています。」

「変わらぬ製法でずっと作り続けることは今後も意識していきたいです。」 

 「吉野家のおまんじゅうを食べて、
やっぱりここが一番美味しい、他の人に勧めたいと思うような
和菓子を作っていきたいなと思っています。」

受け継がれてきた技と味、そして想い。
地域に愛され続ける小さなまんじゅう屋に
いま、熱く爽やかな風が吹いています。

店舗詳細

【店舗名】元祖 吉野屋
【住所】佐賀市大和町大字梅野173
【営業時間】8:00〜17:00
 カフェ 9:00〜17:00(16:30ラストオーダー)
【定休日】第2・4・5水曜日・大晦日、元旦
【連絡先】 0952-62-0235
【Instagram】https://www.instagram.com/ganso_yoshinoya/

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